地図からグスクを選んでください。

ピアノはとても重い楽器なので、何かあるときは専門の人に移動してもらったり、調律や修理でもお店に持ち込んだりすることができません。そこで調律師さんや運送屋さんがお客様のピアノを訪ねて回っているのですが、せっかく沖縄県内あちこちにいってるのでデジカメをもってもらうことにしました。ここでは沖縄の史跡や景色のよいところを主に紹介していきます。

沖縄県で言うグスクとは拝所や城を指しますが、現在一般的には城跡として知られています。城跡として残っているグスクは居城であり、また敵を迎え撃つ要塞であったためそのほとんどが見晴らしの良い場所に所在します。2000年12月2日に「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」として、ユネスコの「世界遺産」に登録されましたが、その他にも雄大な景色や立派な石垣を残す城跡はたくさんあります。このページではその「グスク」を中心に沖縄の見晴らしの良い場所を紹介していきます。 地図上のをクリックすると、グスクの写真を見ることができます。※写真をクリックすると拡大します。

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勝連城
(Katsuren)
世界遺産


入り口付近。

三の曲輪から見上げる。

太平洋を望む。

石畳の坂。とてもすべる!
勝連城は琉球王朝に最後まで抵抗した有力按司(あじ)、阿麻和利が住んだ城です。築城はこの阿麻和利の10代ほど前にさかのぼると言われています。当時首里城、浦添城に並んでかわらぶきの建物を持っていた有力な城で、勝連は本土の京都や鎌倉にたとえられるほど栄えているとされてきました。戻る

今帰仁城
(Nakijin)
世界遺産


ひっそりとした雰囲気のある入り口。

七五三の階段。正門から大庭までつづく。

外郭とその向こうに東シナ海が。

志慶真城郭内。原型に最も近い形で残っている。
築城年は定かではありませんが、13世紀頃から城造りが始まったとされています。三山時代に山北王により統治されていましたが、中山の発展に遅れをとり滅ぼされてしまい、以後琉球王朝による北山監守が置かれます。大きな外郭をはじめとする屏風形の立派な石垣は沖縄屈指の名城にふさわしい風格があります。戻る

座喜味城
(Zakimi)
世界遺産


公園入口。中規模といいますが、とても広い感じがします。

場内へのアーチ門。さすが修理されたお城はきれいです。

城壁から場内を見下ろします。結構高いです。

残波岬を眺める景色です。海に日が沈んでいきます。
中城同様、15世紀前半ごろ護佐丸によって築かれたお城です。城としては中規模だそうです。1972年から10年かけて修理され現在に至ります。アーチ門は現存する中でで最古のものとされています。城壁の上からは那覇、首里、本部半島、東シナ海方面には慶良間諸島や久米島まで眺望できる場所に建設されています。戻る

中城城
(Nakagusuku)
世界遺産


正門。アーチ門は修復中。公園の入り口は逆。

三の郭の前景。右隅にアーチの裏門が。

北谷方面を望む。反対側には太平洋も見えます。

正門から裏門を結ぶ歩道。奥の階段から三の郭へ。
15世紀前半ごろまでに護佐丸によって築かれたといわれています。300あまりもあるとされる沖縄のグスクの中で最もきれいな状態で残っているともいわれるグスクです。1853年にはアメリカのペリー探検隊も訪れ、裏門については「エジプト式のアーチ」と賞賛を残しています。戻る

首里城
(Shuri)
世界遺産


首里城の夜のライトアップです。なかなか入る機会もないので、とおりがかりに撮って見ました。戻る

知念城
(Chinen)


ひたすらジャングルをすすみます。

知念按司の墓地から撮った写真。まるで秘境です。

やっと到着した正門。アーチ門がきれいです。

ぜひ晴れの日に見たかった城内からの景色です。
古城(クーグスク)と新城(ミーグスク)の2つからなる城跡で、クーグスク側から入ると写真のようなジャングルを越えなければなりません。新城は尚真王の異母兄弟にあたる内間親王の築城といわれています。城内の拝所の前方には神の島と呼ばれる久高島が見えます。戻る

玉城城
(Tamagusuku)


すべりやすいので気をつけて歩きます。

古城にふさわしく堂々とした城門です。

場内の様子。現在も発掘中の模様。

見下ろす海の景色は最高です。
戦後間もないころ、米軍が城跡を建築用石材として持ち出したため、現在は本丸のみが残っているそうです。岩盤をくりぬいて作った城門が琉球最古の古城の雰囲気をしのばせます。戻る

糸数城
(Itokazu)


城の形は意外と単純に見えます。

城門はアーチ?修復完了が楽しみです。

内陸部を眺めている景色だと思います。

単純なつくりの割には、意外と規模は大きそうです。
築城年数は、伝説が残ることから、三山分立時代の14世紀初期ではないかと言われています。現在は修復中であるため、城の全景を創造するのは容易ではありませんが、単純なつくりの割には以外に規模の大きい城と思われます。完成する日が楽しみな城です。戻る

具志川城
(Gushikawa)


ウージ畑の隅のほうに、ひっそりと入口があります。

広い中庭のような場所。奥に二の丸、本丸があります。

海と植物(ソテツ)がいかにも南国らしいです。

野面積みという石垣のつみ方。主に古城に見られるそうです。

夕日に染まる喜屋武岬です。東を向いています。

こちらも同じく夕刻ですが、南に向かっています。
断崖に乗っかるように建てられた城で、遠くに見る海の景色が雄大です。実は久米島にも同じ名前の城跡があって、伝説では久米島の具志川城主であった按司が戦に破れ島を脱出してきたときに、故郷と同じ名前の城を築いたということで、真偽は不明とのことですが、久米島の具志川城ととてもよく似ているそうです。喜屋武岬はこの城跡の手前で看板が出ていますので、そこから分岐し5分もしないくらいで到着できます。戻る

浦添城
(Urasoe)


現在残るわずかな石垣の写真です。

宜野湾方面。普天間基地に飛行機が降りていきます。

太平洋側を見ています。ここでも両方の海が見られます。

ねこがいたので、遊んでみました。かわいいです。
琉球国最初の都と言われる浦添ですが、残念ながらその城跡は戦火に崩れてしまったようです。わずかな石垣が残るのみで、現在は公園となっています。戻る

伊祖城
(Iso)


石階段の先に鳥居が。当時の風景を忍ばせます。

境内。昔から文化財に指定されていたようです。

ここを登って左に上がると最後部です。

当時の王様はここで何を見ていたのでしょう。
沖縄最古の貿易港、牧港を見下ろす琉球石灰岩の丘陵上に建てられたグスクです。現在では樹木が生い茂っていますが、当時は首里から残波岬まで見渡せたであろう位置だったと思われます。築城は相当古く、野面積みや切石積みの石垣から13世紀以前とも考えられます。現在は伊祖神社として公園の敷地となっています。戻る

安慶名城
(Agena)


闘牛場側には入口はありません。行ったけど(^^ゞ。

岩壁沿いの階段をのぼります。

城門の様子です。本丸は結構広いです。

場内から見渡す景色。金武湾でしょうか。
琉球石灰岩の山全体を覆うようにして作られたこの城は、およそ14世紀頃の築城と言われています。現在は闘牛場と併設した公園の一部となっていますが、城跡内は自然に近い状態で保存されているといえます。戻る

伊波城
(Iha)


入口の様子。住宅地の隅にあります。

場内にわずかに残る石垣の写真です。

花がきれいだったので撮ってみました。

金武湾を一望。海中道路や勝連半島が。見えます。
14世紀に今帰仁城の子孫がこの地に逃れてきて築いた城といわれ、標高87mの丘の上に比較的小さな白を構えています。またこの地域いったいに貝塚も発見されており、約二千八百年前の古代人にとって重要な土地であったことを示しています。戻る

知花城
(Chibana)


ひたすら階段を登って頂上を目指します。

展望台から嘉手納側を眺めます。反対側は住宅街です。

今度はひたすら降ります。階段だらけです。

途中の分かれ道ですが、クモが多すぎて断念しました。
標高88mの丘に形成されたグスク時代の遺跡で、15世紀に活躍した鬼大城の最後の地であり、中国製の陶磁器などが出土しています。北部と中南部を区分する断層上にあるため、地質、植物学の分野で重要な地域だそうです。戻る

那覇空港
(Naha Airport)


空港内のA&Wから見た景色です。遠くに見えるのは慶良間諸島でしょうか。とても天気の良い日だったのでラッキーです。戻る

北谷町の公園
(Chatan)


北谷町を一望できる公園です。夜は観覧車のライトアップがとてもきれいです。戻る

名護城跡公園
(Nago)


城跡公園というからにはグスクなのですが、石垣はなく、周りに茂った樹木で景色もいまいちだったので写真は省きます。ただ、堀切という防御設備の保存状態はとても良く、注目を集めているようです。戻る

辺戸岬
(Hedo)




茅打バンタ
(kayauchi)




残波岬
(Zampa)




万座毛
(Manzamo)





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